海の怪物? 深海の生き物? それとも、私たちの暮らしを支えてきた恵みの存在? 魅力的で愛すべき動物?──クジラという存在に、人は古くからさまざまな名前をつけ、想像を膨らませてきました。

海という神秘に満ちた世界に暮らし、しかもその体はとてつもなく大きい。そんな海洋哺乳類であるクジラたちは、いつの時代も人々の好奇心を刺激してきました。

今回は、そんなクジラたちの不思議な世界に飛び込んで、どこで会えるのか、どこで一緒に泳ぐことができるのか──その“魔法のような体験”への扉を開いてみましょう。


生態と特徴

クジラは海に暮らす哺乳類です。一生を海の中で過ごしますが、魚とは違ってエラがなく、背中の噴気孔から空気を吸って呼吸します。この噴気孔は、人間でいう鼻のような役割を果たしています。

皮膚のすぐ下には「脂肪層(ブラバー)」と呼ばれる厚い脂肪があり、これが冷たい海の水温にも耐えられる秘密です。体のつくりそのものが、海の暮らしに適応しているのです。

クジラの体は、流線型で魚に似た形をしていますが、たとえば尾びれの向きには違いがあります。クジラの尾は水平(横向き)ですが、魚やサメなどの尾びれは垂直(縦向き)です。また、多くの場合、メスのほうがオスよりやや大きくなります。

クジラは、大きく2つのグループに分類されます。それが「ヒゲクジラ類」と「ハクジラ類」です。これらを見分けるには、噴気孔の数を見るのがポイント。マッコウクジラなどのハクジラ類は1つ穴、ミンククジラなどのヒゲクジラ類は2つ穴です。

クジラは回遊性の生き物でもあり、一年を通して長い距離を移動します。群れ(ポッド)を作って移動する種もおり、通常は餌の豊富な極地の冷たい海域で採餌し、繁殖や出産の時期になると、暖かい熱帯の海へと移動します。

たとえば、コククジラは毎年アラスカからメキシコまで移動し、再び戻るという壮大な旅を繰り返しています。


食性

クジラは何を食べているのでしょう?少なくとも人間ではありませんのでご安心を……😉

ヒゲクジラ類は歯の代わりに「ヒゲ板(バレニン)」を持っており、このヒゲを使って海水中のプランクトンを大量にろ過して食べます。一方、ハクジラ類は歯を持ち、魚やイカなどの比較的大きな獲物を捕らえて食べます。

どのくらいの頻度で食べるの?

クジラは、通常極地の冷たい海で餌をたっぷりと食べ、脂肪を蓄えます。そして、繁殖や出産のために暖かい熱帯の海に移動する間は、ほとんど餌を食べずに過ごします。この期間は、事前に蓄えた脂肪がエネルギー源となるのです。


鳴き声

クジラが「歌う」理由をご存知ですか?
海に暮らす哺乳類であるクジラたちは、種類によって発する音が異なります。うめくような声、うなる声、うなり声、ため息のような音、高く鋭い鳴き声──そのバリエーションは実に多彩です。

クジラたちは、ナビゲーション(方向確認)やコミュニケーション、自分の存在を知らせるため、あるいは捕食者への警告など、さまざまな目的で音を使っていると考えられています。

ハクジラ類(歯を持つクジラ)は、さらに進んだ機能として「エコーロケーション(反響定位)」を使って獲物を探し、海中を自在に移動します。

クジラたちがどのように音を使っているのか、すべてが明らかになっているわけではありませんが、クジラが非常に賢く、社交的な動物であることは確かです。その音にどんな意味があるのか、研究は今も続いています。

たとえば、シャチは“方言”のような独自の鳴き声を持っており、家族ごと(6~7頭ほどのグループ)に異なる鳴き方をすることが確認されています。また、シロナガスクジラは非常に大きな音を発し、その声はなんと最大1,600km(約1,000マイル)先まで届くとされています。

エコーロケーション(反響定位)

実はコウモリとハクジラ類には共通点があるんです。吸血……ではなく、「エコーロケーションを使うこと」。彼らは音波を発してその反響を受け取り、周囲の環境を“音で見る”能力を持っています。

この能力はハクジラ類に見られ、夜間や視界の悪い環境、あるいは深海のような光の届かない場所でも狩りを可能にします。

興味深い例外もあります。ザトウクジラ(歯を持たないヒゲクジラ類)が、「メガクリック」と呼ばれる音を発していることが最近の研究で示されました。
この音は、イルカがエコーロケーションで使う音に非常に似ているのです。ただし、この仮説はまだ初期段階であり、今後のさらなる研究が必要とされています。


Sperm Whale - Underwater - New Zealand

クジラの驚きの記録

  • 最長寿命のクジラ: ホッキョククジラは、すべてのクジラの中で最も長生きするとされており、200年近く生きるとも言われています!
  • 最大の生き物:シロナガスクジラは全長30メートル(約100フィート)、体重は200トンにもなります。これは、地球上に存在したどの恐竜よりも大きく、史上最大の動物とされています。
  • 最大の心臓:シロナガスクジラの心臓は自動車ほどの大きさで、重さはおよそ500kgにも達します。
  • 子どもが歩けるほど大きな動脈: シロナガスクジラの大動脈は直径が非常に大きく、3歳の子どもが中を歩けるほどと言われています。
  • 最大の脳を持つ: マッコウクジラはすべての動物の中で最も大きな脳を持ち、重さは約9kgに達します。
  • 最も深く潜るクジラ:アカボウクジラは、なんと最大3,000メートル(約9,800フィート)もの深さまで潜水し、約2時間もの間潜り続けることができます。
  • 最長の回遊距離: 7頭のザトウクジラ(うち1頭は子クジラ)がコスタリカから南極まで8,300km(5,160マイル)を移動した例が確認されています。
  • 最も高いブロー(噴気):この記録もシロナガスクジラが保持しており、約9メートルもの高さまで達します。※ちなみに、ブローで見えるのは水ではなく水蒸気です。もし水が肺に入っていたらクジラは生きていられません。冷たい海水と暖かい吐息が混じり合って、水蒸気となって立ち上っているのです。

半分だけ眠る? クジラたちの不思議な睡眠方法

「クジラってどうやって眠るの?」これはクジラに関して、よく聞かれる質問のひとつです。この疑問に答えるには、まず大前提として「彼らは一生を水の中で過ごす生き物」であることを思い出す必要があります。

もし私たちが水中で眠ってしまったら、どうなるでしょう?おそらく、溺れてしまうリスクが非常に高いですよね。

クジラも同じです──ただし、人間とは異なり「意識的に呼吸をしている」という点が大きな違いです。彼らの体は、血中の酸素が減ってくると「そろそろ息をしないといけない」と認識できるようになっているのです。

そのためクジラたちは、脳の片方だけを眠らせて、もう片方を起こしたままにしておきます。起きている半球は、障害物や天敵を察知し、安全を確保するために働き続けます。そして一定の時間が経つと、眠っていた脳を起こし、今度は反対側の脳を眠らせるという具合に、交互に眠る仕組みになっているのです。


スパイホップとは?

spyhop

ときどきクジラが海面からまっすぐ垂直に頭を出すように浮上する姿を見たことはありませんか?これはとてもユニークで興味深い行動で、「スパイホップ」と呼ばれています。

この動きの目的は、水面上の世界を観察すること。クジラたちはこうして、周囲の様子を確認したり、船や他の生き物の存在を探ったりしていると考えられています。

まるでスパイのように、そっと頭だけを出して外の世界をのぞく──そんな姿に、私たち人間も思わず魅了されてしまいますね。


best places to swim with humpback whales diving

ホエールウォッチングとは?

ホエールウォッチングは、クジラたちが暮らす自然の海で、その姿を観察できるアクティビティです。
船の上から双眼鏡ひとつで、大海原を泳ぐクジラを間近に感じることができるこの体験は、過去50年間で世界中に広まり、多くの人を魅了してきました。

ホエールウォッチングにはさまざまな魅力があります。北極から赤道近くの海まで、クジラは地球上の広い範囲に分布しており、世界各地でクジラに出会えるチャンスがあります。他にも、生態調査や保全活動にもつながるクジラの行動や移動ルート、生息環境についてのデータ収集が可能で、科学的な保護にも貢献しています。

ただし、この活動は野生動物との適切な距離感とルールを守ることが大前提です。無理な接近や追跡は、クジラにストレスを与えてしまう可能性があります。認定を受けたガイドや運営会社によるツアーを選ぶことが大切です。

奄美大島の冬の代名詞!ホエールスイム&ウォッチングシーズン到来!


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クジラの見分け方:海上での識別ポイント

広い海の上でクジラを見分けるのは、実はとても難しい作業です。海が荒れているときもありますし、クジラはほんの一瞬しか水面に現れず、しかもかなり遠くにいることも珍しくありません。そこで専門家たちは、次のようなステップで識別を行うことをすすめています。

① まず「その海域にどんなクジラが生息しているか」を知る

地域によって見られるクジラの種類は限られています。あらかじめその海域に出現するクジラの種類を把握しておくことで、候補を絞り込みやすくなり、誤認も少なくなります。

② クジラのサイズを大まかに見極める

クジラはおおまかに小型・中型・大型に分類できます。観察時には、他の船や波の大きさと比較して体長のおおよそのスケール感をつかむのがポイントです。

③ 観察ポイントを見る

他の識別の手がかりとしては、ブロー(噴気)の大きさと形、背びれ(背鰭)の形、尾びれ(一般的に「フルーク」と呼ばれる)の形などがあります。

さらに、どのように潜水するか(例:フルークの動き)、どのように浮上するか、どのようにジャンプ(ブリーチ)するかにも注目する必要があります。たとえば、ザトウクジラは体全体を海面から飛び出すようにジャンプすることがあります。

また、観察しているクジラが単独で行動しているのか、群れで行動しているのかも重要なポイントです。こうした行動パターンは種類によって異なるためです。


blue whale
画像提供: NOAA Photo Library

クジラを脅かすもの

クジラの生存には、さまざまな脅威が存在します。そして残念ながら、そのほとんどが人間の活動によって引き起こされているのです。

何世紀にもわたり、人間はクジラを貴重な食料資源や生活の糧として利用してきました。初期には食料やランプ用の油、潤滑剤などを得るために捕鯨が行われ、やがて食用を主目的とした捕鯨も盛んになっていきます。

正確な数は不明ですが、1930年から1986年の間には、年間約5万頭、合計で約280万頭が捕獲されたと推定されています。

その後、1986年には国際捕鯨委員会(IWC)のモラトリアム(商業捕鯨の一時停止)が採択され、WWFなどの環境保護団体による監視体制も始まりました。それでも1986年から2009年の間には33,561頭が捕獲されたと報告されています。

現代の主な脅威

捕鯨以外にも、クジラたちは以下のような深刻なリスクにさらされています。

  • 地球規模の汚染:プラスチックごみや有害な化学物質が海に流れ込み、クジラの健康を脅かしています。
  • 乱獲による餌不足:人間による魚類の乱獲により、クジラが必要とする餌(魚やプランクトン)が減少しています。
  • 漁網による絡まり:漁業用の網に引っかかり、負傷したり、最悪の場合は溺死するケースもあります。
  • 騒音公害:船のエンジン音やソナーの使用によって、クジラたちのコミュニケーションや方向感覚が妨げられ、座礁につながることもあります。
  • 船との衝突:高速船などとの衝突やスクリューによる負傷も重大なリスクです。
  • 気候変動:地球温暖化により、食物連鎖、回遊ルート、繁殖サイクルに影響が出ているとされ、長期的な生存にも影響が及んでいます。

本記事は、海洋科学教育者であり自然保護活動にも携わるマリオ・パッソーニ氏による寄稿です。

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