今回お話を伺ったのは、香港出身で現在は静岡県にあるダイビングショップマリンハウス レイアロハで活動されているPADIインストラクター アイリス・ローさん。大学への留学をきっかけに来日し、今では日本語と英語の両方でダイビング講習を行うプロフェッショナルとして、多くの人を海の世界へ導いています。
文化や言葉の違いに戸惑い、「自分はどこに属しているのか」と悩みながらも、ダイビングを通じて“自分の居場所”を見つけたアイリスさん。その歩みには、海外から日本に挑戦する一人の女性としてのリアルな想いと、ダイビングが持つ“壁を越えてつなぐ力”が詰まっています。
自分の居場所は、海の中にあった
これまで家庭の事情でいくつかの国を転々とし、「自分はどこに属しているのだろう?」という感覚を抱えたまま育ってきました。
そしてコロナ禍直前、留学生として日本にやって来た私は、日本語の意味は理解できても、その裏にある“意図”やニュアンスまでは掴めず、誤解したり、誤解されたりすることも少なくありませんでした。ユーモアの感覚の違いから、冗談が通じずに誰かを傷つけてしまったこともあり、「やっぱり私はここには馴染めないのかもしれない」と感じたこともあります。
そんな中で出会ったのがダイビングでした。
海の中では、言葉がいらない。目線や仕草だけで気持ちが通じ合う。国籍も文化も関係なく、みんながそのままの自分でいられるその感覚が、私にとってはじめて“自分の居場所”だと感じられるものでした。
一方で、日本でダイビングショップを探す際、英語対応のお店がとても少ないことにも直面しました。自分自身が困ったからこそ、「もし私がインストラクターになれたら、同じように言葉の壁で不安を抱える人たちの助けになれるのでは」と思ったことが、プロを目指す大きな原動力になりました。
言葉よりも「伝わる」ことを大切に
今、私は日本語と英語の両方で講習を行うバイリンガルインストラクターとして活動しています。緊張すると一方的に話してしまうクセがあるのですが、講習ではなるべく相手の背景や知識レベルを想像しながら、わかりやすく伝えることを心がけています。完璧な表現よりも、伝わること。伝えようとする姿勢があれば、言葉を超えて心は通じ合えると信じています。
実際に、「アイリスさんの説明、わかりやすい!天才!」と笑顔で言ってもらえたときや、「他の国で講習を受けたけれど、初めてちゃんと理解できた」と感謝されたときは、自分の経験が誰かの力になれているのだと実感し、大きなやりがいを感じます。

ダイビングは「違い」を超える世界
言葉の壁を乗り越えようと努力するなかで、私はもう一つの壁「性別の壁」も感じてきました。
日本でインストラクターとして働き始めた当初は、体格差や体調の波に悩まされることもありました。重い器材を運ぶのが大変だったり、生理痛で思うように動けなかったりする中で、周囲に助けられながら少しずつ自分のスタイルを見つけてきました。
それでもこの仕事を続けているのは、海の中が「違いを超えてつながれる場所」だから。性別や年齢、国籍、障がいの有無に関係なく、海ではみんなが平等です。だからこそ、今以上にもっと多様なダイバーの姿が認められるようになってほしいと願っています。
「ダイビングインストラクター=日焼けしたマッチョな男性」といったイメージは、少しずつ変わってきています。けれど、まだまだ「女の子だからこうあるべき」といった期待や偏見が残っているのも事実。
でも私は、性別だけでなく、障がいのある方や高齢の方、どんな人でも“お魚のように”海と一体になれる未来を信じています。
たとえば、ダイビングがリハビリや心のケアにも役立つ「ダイビング療法」としてもっと知られるようになれば、力仕事だけで測られない、新しいダイビングの可能性が広がっていくはず。私もその一員として、多様なスタイルを受け入れる世界を築いていきたいと思っています。

チャンスをくれた場所から、今度はチャンスを届ける側へ
私がここまで続けてこられたのは、マリンハウス レイアロハという“場”に出会えたからだと思います。ダイブマスターになったばかりの頃から、体験ダイビングやIDCコースに立ち会わせていただき、インストラクターになったばかりの私にも「実践の場」を与えてくださいました。経験豊富なスタッフの皆さんが、常に温かくフォローしてくれるおかげで、私も多くの現場を通じて成長することができました。
今でも重い器材を運ぶのは得意ではないし、体力面で大変なこともあります。でも、「海が怖い」と言っていた初心者の方が、いまでは200本以上の経験を持つ常連ダイバーになったり、そんな変化の瞬間に立ち会えることが、何よりの喜びです。
AWAREの「ダイブ・アゲンスト・デブリ」など、海洋保護活動にも長年携わってきました。海を通じて出会った多くの人々とのつながりが、私の原動力です。
これからは、私自身が「チャンスをもらった側」から「チャンスを届ける側」になれたらと思っています。どの国の人でも、安心してプロを目指せる環境を整え、インストラクターとして、そしていずれはコースディレクターとして、より多様なダイバーの未来を支えていきたいです。
国籍や働き方、ライフスタイルに関係なく、誰もが自分らしく輝けるダイビングの世界を、一緒に育てていけたらうれしいです。

