今回お話を伺ったのは、宮崎県・延岡市で長年にわたり地域と海の魅力を発信し続けているPADIコース・ディレクター、高橋勝栄さん。延岡マリンサービス代表、NPO法人ひむか感動体験ワールド理事長として活躍されており、延岡観光大使や観光協会副会長など地域の多くの役職も担い、海と地域をつなぐキーパーソンとして活躍されています。地元の海に魅せられ、地域と共に生きてきた彼が語る、「地域を動かすダイビングの力」について伺いました。
この自然・この海があるのに、なぜ活かされていないんだろう
私が育った延岡には、街からわずか20分の距離に、カラフルな熱帯魚が泳ぎ、サンゴ礁が広がる豊かな海があります。下阿蘇ビーチなど4つの海水浴場や国定公園に囲まれた、自然資源豊かな地域です。

今でこそその美しさに胸を張っていますが、中学2年でダイビングを始めた当初、私は「どこにでもある普通の海」と思っていました。でも、19歳の時、岐阜での学生時代に初めて延岡以外の海を潜った時、延岡の海の豊かさと美しさに気づかされたんです。
一方で、地元の多くの人にとって海は「暮らしの一部」であり、釣りやサーフィンを楽しむ場ではあっても、観光資源としての意識は希薄で、この海の価値が正しく認識されていませんでした。実際、漁業関係者からは「サンゴは漁の邪魔」とさえ言われることもあったほどです。
また、高速道路や新幹線などのインフラ整備も進んでおらず、“陸の孤島”と呼ばれるような状況も観光振興の妨げになっていました。
それでも私は「なぜこんなにも素晴らしい海を、誰も誇りに思っていないんだろう」と強く感じ、両親の営むダイビングショップを継ぎ、地域と海を活かすための活動を始めました。
実に、地球の7割が水の世界。それを知らないままにするなんて、もったいない。その想いが、私の原点です。
観光地じゃなかった延岡を、海から変える
PADIインストラクターとして、沖縄や世界の海を潜るようになってからは、延岡にしかないもの、逆に他にはあって延岡にないものを意識的に見比べるようになりました。得た経験とデータを活かしながら、「延岡の海を活かす地域づくり活動」を本格的にスタートさせ、延岡の海を武器に、観光地としての存在感を高めるため、さまざまなPR活動・保護活動・イベント企画を実施してきました。
とはいえ、地域の人々に理解してもらうことは簡単ではなく、「何もない」と自ら口にしてしまうような地域文化や、自然に対する無関心の壁に何度も直面しました。「海を活かした観光地域づくり」を掲げた団体を立ち上げ、市民や学校を対象とした講演活動を通じて地域愛の醸成にも尽力してきました。

「アウトドア天国・延岡」への道をひらくために ―地域の自然を活かす仲間づくりと仕組みづくり
海を軸とした地域づくりに取り組むなかで、私は次第に「海だけでなく、山や川といった自然資源も含めて、地域全体のポテンシャルを活かしたい」と考えるようになりました。せっかく一級の自然が揃っているのに、それぞれがバラバラに活動していては、地域全体の魅力として発信するには限界があります。
そんな想いから立ち上げたのが、NPO法人ひむか感動体験ワールドです。
自然を愛し、その素晴らしさを伝えたいと願うガイドたちが、それぞれのフィールドから集まり、同じビジョンを共有できたとき、延岡の可能性が一気に広がったのを感じました。
荒天時でも別のアウトドア体験を提供できる仕組みや、行政との連携、情報発信や予約受付の一本化、保険・資格・リスクマネジメントに関する整備など、やるべきことは山積みでした。リスク管理の面では、ダイビング業界の先進的なノウハウを活かし、各分野の枠を超えて安全体制を築き上げました。
今では23名の登録ガイドが約30のアウトドア体験を提供し、延岡は確実に「アウトドア天国」への道を歩み始めています。
そして、並行して取り組んできたのが、海そのものを守る活動です。延岡の海を持続可能な地域資源として活かすには、まず自然環境を保全する仕組みが必要だと考え、漁協や自治体と連携しながら、「島野浦サンゴ礁保全会」や「浦城地区活性化協議会」を立ち上げました。また、地域の子どもたちに向けた「サンゴの観察会」などを通じて、サンゴの大切さや、海の価値に気づいてもらう教育にも力を入れています。



少しずつ、地域の未来が動きはじめている
こうした活動を続けてきて、かつては見向きもされなかった延岡市観光課、観光協会、商工会議所、メディア各社が、今では私たちの活動を「延岡観光のキラーコンテンツ」として認め、さまざまな形でサポートしてくださるようになったことは、大きな手応えです。
さらに、以前は発地型(出発地主体)の旅行会社しかなかった延岡にも、私たちのアウトドアプログラムを活用して観光客を迎え入れる着地型旅行会社が誕生し、地域全体で「観光を育てる」気運も高まっています。
2025年4月には、延岡市が所有する施設が、アウトドア拠点およびユネスコエコパークのビジターセンターとしてリニューアルオープンし、私たちの法人が指定管理者として運営を担うことになりました。
行政と民間が連携しながら、少しずつ形にしていく──そのプロセスに、地域の未来を感じています。

ダイビング・インストラクターが担う価値
これまで延岡の海と向き合い、地域と共に歩むなかで実感しているのは、ダイビング・インストラクターとは、ただ海を案内する人ではないということです。その海の価値を誰よりも信じ、言葉にして伝え、地域に根づかせていく──そんな“触媒”のような存在こそが、インストラクターの本来の姿だと感じています。
そして何より、自然の美しさや海の息づかいを、五感を通してリアルに届けられるのは、人にしかできない役割です。AIやバーチャルでは再現できない、現地で感じた感動を言葉や表情で伝え、人と人、人と自然をつなげていく。私はその役割を“仕事”として地域の中に根づかせ、価値あるものとして育てていくことこそが、インストラクターとしての本当の力だと信じています。
私が目指しているのは、単なる観光誘致ではありません。海や自然の豊かさをきっかけに、地域の人たちが自分のまちに誇りを持てるようになること。そのために、教育や保全活動、そして持続可能な仕組みづくりまで含めて、地域の中で自分にできる役割を果たし続けています。
冒険を通して人の心を動かし、海を守る力に変えていく──PADIの「Seek Adventure. Save the Ocean.」というミッションは、まさに私の活動の軸そのものです。ダイビング・インストラクターには、まだまだ社会に知られていない価値がある。地域に根ざしながら、「この人がいてよかった」と思ってもらえる存在を目指して、これからも海と地域の未来に向けて取り組んでいきます。
あなたの一歩が地域を変える
いま、全国には延岡と同じように、海の豊かさがまだ観光資源として活かされていない地域がたくさんあるでしょう。そして、そこで海に魅せられ、「何かを変えたい」と願うインストラクターがきっといるはずです。
インストラクターだからこそできることは、必ずあります。短期・中期・長期それぞれのビジョンをしっかり立ち上げ、時代や地域による変化に多少の軌道修正を加えながらも、めげずに歩み続けてください。そうすれば、必ず誰かが見ていて、仲間になってくれるはずです。私自身、まだ道半ばですが──だからこそ、一緒に、前に進んでいきましょう。


