こんにちは!「水中ゴミ拾い専門店Dr.blue」代表 / PADI AmbassaDiverの東真七水(アズママナミ)です。

私は沖縄本島を拠点に、スキューバダイビングと環境保全を掛け合わせた「水中ゴミ拾い」を、レジャーとして、学びとして、そして持続可能な仕事として成立させるための活動をしています。

「沖縄の海」と聞いて、皆さんはどんな景色を思い浮かべますか?
透き通るような青、色鮮やかなサンゴ礁、そんな美しいイメージが先行するかと思います。しかし、実際に潜ってよく見てみると、サンゴの隙間にゴミが隠れていたり、潮の流れでゴミが大量に溜まってしまうエリアがあったりします。

これまでゴミ拾いダイビングだけでも約800本潜り、沖縄の水中ゴミと向き合ってきた私ですが、日々海に潜ってゴミを拾う中で、ふと思うことがあります。「これ、さっきまで誰かの日常にあったものだよな」と。

海の中で見つけるのは、決して特別なゴミではありません。ペットボトル、空き缶、お菓子の袋、ビニール袋、プラスチックのストロー……。どれも、私たちの生活のすぐそばにある、見慣れたものばかりです。海の中にあると重大な環境問題に見えるのに、陸の上ではあって当たり前の日常になっている。そのギャップを目の当たりにする度、ハッとさせられます。拾い上げたゴミの一部は、かつて私が何気なく選んできたものと何一つ変わりません。私自身も間違いなく、このゴミを出す側にいるのだと突きつけられるのです。たくさんのゴミと対峙する中で、私の心には少しずつ変化が起きました。 だからといって、何か大きな環境運動を始めたわけではありません。今回は、海の中の現実を知るダイバーだからこそ、私が陸の上であえて「やめた」3つのことをお話しさせてください。


①使い捨てプラスチックを「当たり前」に使うことをやめた

ダイバーが水中で回収してくる「海中のゴミランキング」を見ると、ペットボトルや食品容器、ビニール袋など、使い捨てプラスチックが常に上位を占めています。

私もこれまでに数えきれないほどのプラスチックゴミを拾ってきました。ペットボトルだけでも、年間約1000本は拾い上げていると思います。

その現実を知ってから、私は、なんとなく買っていた冷たいペットボトルのお茶や、なんとなく「お願いします」と受け取っていたレジ袋をもらうのをやめました。

もちろん、これらを使うことが絶対的な悪というわけではありません。便利だし、私たちの生活を支えてくれているものです。しかし、水中で何百年も形をとどめ海を汚染し続ける現実を知ってからは、「これって本当に必要かな?」と、一度立ち止まって考えるようになりました。

そうすると、今まで「なんとなく」で選んでいたものを、自然と選ばなくなっていきました。お出かけのときはマイボトルを持ち歩く、カバンにはマイバッグを忍ばせる、カトラリーや過剰な包装をもらう前に「大丈夫です」と率先して伝える、など、一見とても小さなことですが、もし日本人全員が1日1枚でも減らそうと気をつければ、1日で1億枚以上のプラスチックを減らすことができるのです。

ゴミは、ある日突然、魔法のように海に現れるわけではありません。 誰かの「これくらい、いっか」という、ちょっとした選択の積み重ねが、巡り巡って風に吹かれ、川を流れ、海にたどり着きます。そう気づいたとき、私は「海を変えよう」と肩肘を張る前に、まず自分の足元にある日常の選択を、少しだけ見直してみようと思いました。


誰かを「悪者」にすることをやめた
海で大量のゴミを目の当たりにすると、「どうしてこんなところに捨てるの!?」と、怒りや悲しみが湧いてくることもあります。ポイ捨てをする人や、プラスチックを大量に生産する社会を悪者にして、責めたくなる瞬間があるのも事実です。

でも、私はそれをやめました。

誰かを犯人に仕立て上げ、ギスギスした気持ちで正義感を振りかざしても、海は綺麗になりません。それに、「正しいこと」で人を責めても、それをきっかけに行動を変えてくれる人は決して多くはないと個人的に感じているからです。

また私自身もかつては何も知らずに、使い捨てプラスチックをたくさん消費してきた一人です。いま海に落ちているゴミは、強烈な悪意から生まれたものというよりは、ただ「知らなかったこと」や「想像力が届かなかったこと」から生み出されたものの方が多いのだと思います。

相手を責めていても、お互いの溝は深まるばかり。 私の理想は、「かつてポイ捨てしていた人とも、いつか一緒に楽しくゴミ拾いができる未来」です。

だからこそ、責めるエネルギーを使うより、「海でゴミ拾いするのって、お宝探しみたいで楽しいよね!」と、ポジティブに巻き込んでいくエネルギーに変えたい。敵を作って戦うのではなく、みんなで一緒に海を想う仲間を増やしていくのが、Dr.blueのスタンスです。


「完璧を目指すこと」をやめた

環境問題と真剣に向き合おうとすればするほど、「もっとこうしなきゃ」「あれもこれもやめなきゃ」と、厳しいルールで自分を追い込んでしまいがちです。でも、ストイックすぎる選択は、どうしても息が詰まってしまいます。義務感や罪悪感だけでは、絶対に長く続きません。

だから、私は完璧にやることを、きっぱりとやめました。忙しくてマイボトルを忘れてしまい、ペットボトルのお水を買う日もあります。疲れていて、スーパーのお弁当に頼る日だってあります。でも、それでいいと思っています。 大事なのは、ゼロか100かではありません。一時的な頑張りよりも、「無理なく継続し、その自然体な姿勢を周りに見せていくこと」の方が、ずっと価値があるからです。

海の中のゴミは、誰か一人の強烈な悪意のせいで生まれたものではありません。無数の人の、小さな「なんとなく」が集まった結果です。 だから、私は一人の完璧なヒーローの誕生より、「一人の百歩より、百人の一歩」の価値を信じています。


まとめ
明日からマイボトルを持ってみる、 お買い物にマイバッグを持っていく、「今日はひとつ、余計なものを買うのをやめてみよう」と意識してみる。そんなあなたの小さくて優しい選択が、巡り巡って、美しい海へとつながっていきます。何より大切なのは、環境のために必死に「頑張る」のではなく、まずは自分が気持ちよく続けられることから始めること。

“正しい”より、“楽しい”。

「楽しい」からこそ継続できるし、そのポジティブな姿勢があるからこそ、周囲の心も動き、興味を持って話を聞いてくれます。 それが、私が大好きな海から教えてもらった、一番大切な価値観です。

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