ダイバーの皆さんなら、月の引力が潮の干満を生み出すことはご存じでしょう。月が太陽や地球と複雑に絡み合っているおかげで、海の水位は文字通り大潮と小潮に分かれて上下します。月が満月や新月のときは引力が強くなり、潮の満ち引きが大きくなります。また、半月のときには引力が弱くなり、潮の満ち引き度合いも小さくなります。
潮の干満によって海洋生物の生活にも何か影響を与えていることは間違いないでしょう。しかし、潮の干満以外にも、意外で微妙な方法で海洋生物に影響を与えていることがあります。それは「月の光」です。旧暦の月の満ち欠けに伴い、海を照らす月の光は、海の生き物の行動に、驚くべき繊細な影響を与えています。月の満ち欠けに関連した摂食、コミュニケーション、交尾、産卵などの行動は、水中世界で最も注目すべき出来事のひとつです。
アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コースでナイトダイブを選択したか、ナイトダイバーSPコースを修了したダイバーは、太陽が沈んだ後の水中世界を探索する機会、つまりナイトダイブを経験したでしょう。月の周期を知ったり、どのくらいの月明かりがあるのかに注意を払うことで、潜り慣れたダイビング・スポットでも、初めてそこを潜るような感覚を味わうことができます。
ほとんどの生物は、月の満ち欠けのような環境のリズミカルな変化に対応するために、遺伝的に組み込まれた一連の生物時計を持っています。世界中の海洋科学者たちは、特定の夜に存在する月明かりの量に合わせて特定のライフイベントを行なうために体内の「月時計」を使用する、さまざまな海洋動物を確認しています。
サンゴ
サンゴの大量産卵は、海面下で起こる最も壮大なイベントのひとつです。通常、1年に1度の満月の数日後に、サンゴ礁のほぼすべてのサンゴが一斉に卵と精子を水柱に吐き出し、まるで雪の嵐のような光景が繰り広げられます。サンゴは光に反応する神経細胞を使って、水面に当たる月の光の量を感知しています。グレートバリアリーフのように、一晩に100種以上のサンゴが産卵する場所もあります。サンゴは配偶子の放出を同期させることで、受精の可能性を高め、日和見の捕食者を数で圧倒します(サンゴの産卵は必ずしも満月の日に行なわれるわけではありません)。
サンゴにたくさんある小さな突起のことを「ポリプ」と言います(実態はこのポリプがサンゴの個体です)。産卵時期になるとポリプの中に「バンドル」と呼ばれるカプセルが入っており、一般的にこれを放出したときがサンゴの産卵と言われています。
このバンドルの中には精子と卵が入っていて、海中に放出された後に弾けることで結びつきます。同じ「バンドル」内の精子と卵は受精せず、別の親由来の卵と精子に出会うことで受精します。ほとんどの「バンドル」は魚などに食べられてしまいますが、一部の生き残った卵が海の中を漂って岩などに定着し、育っていきます。
PADI AWAREが協力している沖縄・恩納村でのサンゴ植え付けプログラム「チーム美らサンゴ」では、年に1回サンゴの産卵ツアーも行なっています。機会があればこういったツアーにもご参加ください。
海洋ワーム(扁形動物、線虫、環形動物、毛顎動物など)
多くの環形動物(かんけいどうぶつ)は、月の満ち欠けに合わせて驚くほど正確に繁殖サイクルを調整しています。満月の下で、海底に生息する成虫の性細胞が成熟します。その約2週間後の新月、そして日没から数時間後、ワームは海面に浮上し、真っ暗な海の中で卵と精子を一斉に放出します。
魚の赤ちゃん
大海原では、月の光が魚の赤ちゃんの成長を助けます。研究によると、澄んだ満月の夜は幼魚がプランクトンを見やすくし、餌を食べることができるそうです。発光器を備えるハダカイワシ(ランタンフィッシュ)のような捕食者が明るい月明かりを避けているため、幼魚はできるだけ多くのものを食べることに集中でき、結果的に成長が早まります。これらの幼魚(アイゴやベラなど)がサンゴ礁の住人になるためには、月明かりがリスクとなります。サンゴ礁の捕食者の多くは視覚を頼りに行動しますが、新月の暗さは、これらの小魚が安全にサンゴ礁に定着するチャンスを与えてくれるのです。
イカ
ダンゴイカの仲間(bobtail squid)やホタルイカ(firefly squid)など、一部のイカは、夜になると月の光に似せた生物発光バクテリアを裏側に共生させます。頭足類(とうそくるい)は、発光の明るさをコントロールすることで、水中に降り注ぐ月の光の量に合わせることができるのです。このようにして、頭足類は自分の影を消して夜空に溶け込み、外敵から身を守ることができるのです。
いかがでしたか?
月を意識しながらダイビングしたり、海に行かなくても月と海の生き物のことを考えるだけでもおもしろいと思いませんか?
PADI eラーニングを利用すれば、自宅にいながらアドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コースを受けることができます。
地元の地域の月の満ち欠けに注意を払えば、海の生物の新しい行動を観察することができるでしょう。
満月のときに潜るのか、半月のときに潜るのか、はたまた真っ暗な新月のときに潜るのか、潜り慣れた地元のダイビング・スポットでも、まったく違った感覚を味わえるナイト・ダイビングを体験することができるでしょう。
ダイビング・スポットによってはナイトダイブができないところもありますので、注意してくださいね。