木工職人として6年。世界中の木材を用いて木軸のペンを製作し、繊細な金継ぎの技も磨いてきた徳永久国さん。そんな“手の仕事”の世界で確かな地盤を築きつつあった彼は、2024年、沖縄・宮古島へと向かい、ワーキングスタディ制度を活用してPADIインストラクター試験に合格。34歳にして、もう一つの「好き」を追いかけるため、新たな海の世界へと踏み出しました。

目指すのは“副業”ではなく“複業”という生き方
実を言うと、木工の道に進むまえに、先にダイビング・インストラクターになりたいと考えていました。もともと小さいころから生き物が好きで、特に海の生き物やその世界に強く惹かれるようになっていたんです。でも、なかなか機会に恵まれず、ようやく社会人になってからダイビングを始めました。当時は広島で働いていて、そこでオープン・ウォーター・ダイバーを取得したのですが、その1週間後に訪れた沖縄・座間味島でのダイビングが、今振り返ると人生の岐路でした。
あの体験が、もう……良すぎたんです。海はもちろん、陸の風景も、人との出会いも、自然も、すべてが素晴らしかった。なかでも特に心に残ったのは、関わってくれたすべての人たちが、とてもいい顔で仕事をしていたこと。「ああ、自分もこんな環境で働きたい」——そう思ったのが、ダイビング・インストラクターを目指すきっかけになりました。

とはいえ、当時はまだ現実的にその道へ進むのが難しくて、先に選んだのが木工の世界でした。もしも潜れなくなったときや、収入が不安定になったとき、自分を支えてくれる“もうひとつの手段”を持っていたい。そんな気持ちから学び始めた木工は、いつの間にか人生のもう一つの軸になっていました。
最初から「副業」としてではなく、「複業」としてやっていくつもりだったので、気がつけば6年が経っていました。そしてある程度、製作活動が軌道に乗り、今後も続けていけるという手応えが生まれたタイミングで、「じゃあ、次は本当にやりたかったことをやろう」と決心しました。
34歳と遅咲きではありますが、ようやく「自分のやりたかったこと」に、正面から向き合えるようになりました。
「形あるもの」と「形のない体験」
木工とダイビング、一見全然違う世界だけど、どちらも最終的にいるお客さんのことを意識しながら、自分の好きなことをしているので根本は同じだと思います。
違いがあるとすれば、「品質がどこに宿るか」だと感じています。木工では、品質は“作品そのもの”に宿る。自分のこだわりを細かく詰め込み、形にして残す仕事です。目の前のものと対峙するので、意匠の微調整や、発想をそのまま手で形にしていく感覚を味わえる反面、技術の習得には地道な努力が必要です。僕もまだまだ勉強中です。
一方で、ダイビングでは、品質は“人(インストラクター)”に宿る。誰と潜るか、どんな雰囲気で案内してくれるか——それによって、同じ海でも体験の質がまるで変わりますよね。言い換えると、インストラクター一人ひとりの個性や関わり方が、そのままダイビング体験の魅力を左右するということでもあります。
だからこそ、ダイビングという仕事は「人の魅力」がもっとも活きる仕事だと思っています。その分、どうすれば自分の関わりがより良い体験につながるか、自分自身の“在り方”に常に向き合う必要もあります。お客さんからのフィードバックが直接的に返ってこない場面も多いので、自分で考え、振り返り、改善していく力が求められるとも感じています。
これは僕自身、これから経験を積んでいく中で大事にしたいテーマです。“誰と潜ったか”が、お客さんの記憶に残るようなダイビングを目指して、丁寧に取り組んでいきたいと思っています。
共通する「驚きと感動」
木って、本当に面白いんです。世界には大人ですら知らないような特徴を持った木材がたくさんあります。紫色の木、オレンジ、黄色、真っ赤、ピンク、緑、真っ黒、真っ白……バリエーションが豊富で、香りも違うし、重さも違う。水に沈むほど重たい木もある。粉に触れるとかぶれる木もあって。ここにさらに、杢(もく)と呼ばれる通常の木目とは異なる特徴的な模様が個体によっては現れます。「こんな木、見たことない!」って、実際に工房に来ていただいたお客さんはその多彩さに必ず驚かれています。

ダイビングも同じで、想像を超える姿や性質の海の生き物に出会えるたびに、毎回「まだこんな世界があるのか」と思わされます。自然が生み出すデザインって、時に人間の想像を軽々と超えてくるんです。
でも、それだけじゃありません。人との出会いもまた、両方に共通する大きな魅力です。
特にダイビングは、海という共通のフィールドがあるからこそ、初対面でも自然と会話が生まれる。宮古島で出会ったお客さんの中には、何度も来てくれた方がいたり、「また一緒に潜ろうね」と言ってくれた方もいます。買い出しに連れて行ってくれた人もいれば、「これからの活躍を楽しみにしてるよ」と言ってくださる方もいて、本当に感謝しています。
木も、海も、そして人も——
どれも多彩で奥深くて、知れば知るほど世界が広がっていく。
だからこそ、僕はこのふたつの世界に関わる“複業”という生き方を選んだんだと思います。
今は“準備中”。それでも前へ進む理由
今はまだ、“修行中”というよりも、その前段階。インストラクターとしての就職先を探していて、ようやくスタートラインに立とうとしているところです。でも、どこで、誰と、何と出会えるのか、その“未知”にワクワクしている自分がいます。これからどれだけスキルを伸ばせるのか、自分の引き出しをどれだけ増やしていけるのか。まだ何者でもないからこそ、何にでもなれる可能性がある。そう思えることが、今の自分にとっての希望です。
欲を言えば、いつか海洋生物の研究にも関われたら、なんて夢もあったりします(やり方は全然わかってないんですけど)。
年齢のこと、体力のこと、業界のこと……不安はたくさんあります。
でも、それも含めて、「自分に合った働き方ってなんだろう?」と模索する過程そのものを楽しんでいけたらと思っています。
これからキャリアを変える人たちへ——自分のための言葉
「やってみたいけど不安で動けない」って人の気持ち、めちゃくちゃわかります。正直、私の生き方が良いことだとはまだ思っていません。この選択が正解だったかどうか、答えが出るのは何年も先のことだと思っています。それに、下手に言葉をかけた人の、その後の人生に責任を持つこともできません。だから、誰かに「こうすればいい」と伝えたり、励ましの言葉を投げかけることには、少し億劫になってしまう部分もあります。
ただ、それでも何か参考になればと思って、自分が別の世界に飛び込むときに意識していたことを、いくつか挙げておきます。
- 人は決断に時間をかけるほど、現状維持を選びやすくなる。
- やらない理由を考えるのは簡単。でも、やらないと何も始まらない。
- ダメでも「ダメだった」とわかることが大事。
- 挑戦には退路があるとやりやすい。僕の場合は木工がその役割でした。
- いつもやる気満々じゃなくていい。めんどくさくなる日もあって当たり前。
- 真面目すぎるのはしんどい。でも、お客さんと向き合う仕事だけは本気でやる。
- 馬が合わない人とは無理に付き合わない。自分を大事にする。
- 消費するより、つくる人・表現する人になろう。
全部失敗して、道端で行き倒れる未来だってありえるかもしれない。でも、自分で選んだ道なら、それでいいと思っています。踏み出さなくても、関わるだけでもいい。それで「自分にとってはこれでいい」と思えたら、それが一番だと思います。

