「ダイビングって、誰にでもできるスポーツなんですか?」体力や年齢、言葉の違い……そんな不安を抱える人も少なくありません。今回は、その問いに真正面から向き合い、行動を起こしている米盛雄貴さんをご紹介します。先天性の聴覚障害を持ちながら、PADIインストラクターとして活躍する米盛さんは、自らダイビングサービスを立ち上げ、“誰もが安心して参加できるダイビング”の実現を目指して活動を続けています。

水中で感じた自由、残る課題、そしてこれからのダイビングの可能性について、じっくりと語っていただきました。


自然とともに歩んできた僕のこれまで

海が好きになったきっかけは、子どもの頃に家族旅行で訪れた勝浦や下田の海でした。波打ち際で遊んだり、潮の香りを感じたりする中で、海という存在がいつの間にか特別なものになっていました。その想いはずっと続いていて、大学では自然環境の保全を学び、今は環境企画の仕事に携わっています。自然の素晴らしさを次世代に残したいという気持ちは、今でも僕の原動力です。

ダイビングを始めたのは、友人との八重山諸島への旅行がきっかけでした。せっかくなら何か目標を持って始めようと考えたとき、小学生の頃にNHKで見たメキシコ・セノーテの映像が浮かびました。光が差し込むあの幻想的な水中の景色を、自分の目で見てみたいと思ったんです。

初めて水中に入ったのは、オープンウォーターのプール講習。水中で呼吸ができるという感覚はとても新鮮で、不思議な感動を覚えました。初めて海に潜ったのは静岡県・大瀬崎。耳抜きがうまくできるか少し不安もありましたが、それ以上に広い海に飛び込むワクワクの方が勝っていました。素潜りでは見たことのなかった海の中を、ゆっくり眺められることに大きな感動を覚えましたし、自然のエネルギーを肌で感じたあの体験は、今でも僕の中に深く残っています。


水中は自由、でも――まだ壁がある

僕は、ダイビングは水中において非常にインクルーシブなスポーツだと考えています。
国や身体的な違い、年齢、言語の壁を越えて、誰もが自分のペースで同じ世界を楽しめる。そこには、助け合いの精神が根づいていて、どのダイバーも“仲間”として接してくれます。

けれど、正直に言えば、水中で感じるような一体感や自然な受け入れが、常に得られるとは限りません。
多くのショップやダイバーは理解があり協力的ですが、実際には、聴覚障害があるという理由でファンダイビングの予約を断られたこともありました。

「安全に対応できるかわからない」「インストラクターが手話を使えない」など、理由はさまざまです。でも根底には、“どう対応すればいいかわからない”という不安や知識の不足があるのだと思います。

水中は誰にとっても自由な世界です。でも、その水中にたどり着くまでの“壁”が高いままでは、真のインクルーシブとは言えない。
だからこそ、僕自身がプロとして現場に立ち、選択肢を広げる存在でありたいと強く思うようになりました。


インクルーシブは理念ではなく現場で築くもの

そうした思いから、僕は耳が聞こえない当事者として、手話を使って指導できるPADIインストラクターとなり、自らダイビングサービスを立ち上げました。

このサービスは、誰にでも開かれたダイビングサービスですが、聴覚に障害のある方や手話に興味のある方が安心して参加できることを特に重視しています。

「誰でも歓迎します」と言うのは簡単ですが、それを本当の意味で実現するには、受け入れる側の学びと工夫が不可欠です。

僕がこれまで出会った協力的なショップには共通点がありました。たとえば、講習前に文書で内容を共有してくれたり、口の動きを大きくしたブリーフィング、ホワイトボードでの視覚的な説明など、無理のない工夫がありました。また、非常勤スタッフとして働いたショップでは、手話ができるスタッフや、どうすればうまく伝えられるかを一緒に考えてくれる仲間がいて、とても働きやすい環境でした。インストラクター開発コースでは、コースディレクターが自ら手話を覚えて使ってくれたことで、周囲の理解が自然に広がっていったのを感じました。

僕自身も、補聴器を外す場面では筆談ボードを使ったり、「はい/いいえ」で答えられる聞き方を意識するなど、現場での工夫を心掛けてきました。

今後は、自分のサービスでも、誰にとっても参加しやすく、心地よいダイビングの場をつくっていきたいと考えています。手話に興味のあるダイバーが、もっと気軽にコミュニケーションを学べるようなオンラインの手話学習の機会を設けることも、いずれは取り組んでみたいと思っています。そして将来的には、さまざまな国籍やバックグラウンドを持つダイバーたちと、言葉を超えて世界中の海を一緒に楽しめるような環境を広げていけたら──そんな未来を描いています。


最後に──海は、すべての人に開かれている

ダイビングは、誰でもできる。海は、すべての人を受け入れてくれます。その魅力は、手つかずの自然を全身で感じ、その感動をその日一緒に潜った仲間と分かち合えることにあります。正しいスキルを身につければ、自然を傷つけることなく、“空気だけを海に残して帰る”という、静かで誠実な向き合い方ができるのも、ダイビングの美しさのひとつです。

僕は、海を愛するすべての人と、その日の海の楽しさや美しさを分かち合っていきたい。「海はすべての人に開かれている」——その言葉を、誰にとっても当たり前の現実にするために、どんな背景を持つ人も、安心してその輪に加われるように——インストラクターとして、目の前にある壁を一つひとつ壊していく存在でありたいと思っています。

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