「やりたいことをできるうちにやらないと何もできなくなる。」
そう話すのは、PADIインストラクターとして小笠原諸島のパパスダイビングスタジオで活躍中の前川裕也(マエガワユウヤ)さん。大学時代、ダイビング部に心奪われて入部。2018年の夏、部活の合宿で初めて小笠原諸島を訪れ、彼の人生は大きく動き出しました。大学3年生の頃、世間では流行病が蔓延し、やりたいこともできず退屈していたときに、ダイビングのプロになることを決意し、晴れて大学生インストラクターに。仲間たちと海を楽しむだけだった日々が、気づけば「人に海の魅力を伝える仕事」へ――。
今回のインタビューでは、前川さんがプロフェッショナルダイバーとしての成長ややりがい、小笠原の魅力を伺いました。
Q. ダイバー育成において、最もやりがいを感じる瞬間を教えてください。
自分が講習した生徒が様々な海でダイビングを楽しんでいると聞いた時です。特に、島を離れて新たな場所で潜った際にその写真や思い出を教えてもらうと、嬉しく感じます。ダイビングの魅力に深くハマっていったことを実感する瞬間でもあり、「新たなダイバーが一歩踏み出した」という意味でも感慨深いです。特にオープン・ウォーター・ダイバー(OWD)ライセンスを取得したばかりの方が、知らない海で初対面のダイバーと潜ることは大きな挑戦であり、その一歩を踏み出した勇気を称賛したい気持ちになります。
そして、再び会った時に成長した姿を見せてもらえることには、言葉にできないほどの感動があります。それはまるで親が子どもの成長を見守るような心境であり、その成長過程に関わることができたことに深い喜びを感じます。
Q. 自分自身がインストラクターとして成長したと感じる瞬間を教えてください。
失敗を先回りして防げるようになったことです。自分自身、ダイビングを始めた頃はスキルに苦手意識がなく、最初は生徒の「できない理由」を判断するのに時間がかかっていました。しかし最近では、生徒の癖や特徴を早く見抜き、トラブルに対して先回りした指導ができるようになったと実感しています。まだインストラクターとしてのキャリアは3年ですが、これからも学び続け、さらに成長していきたいと考えています。
Q. 初心者からプロまで、さまざまなレベルの生徒を指導する中で大切にしていることは何ですか?
最も大切にしていることは、私自身も生徒と一緒にダイビングを楽しむ姿勢を持つことです。体験ダイビングや初心者の方と潜ると、ベテランダイバーが見逃しがちな「素直な気づき」に多く出会います。ベテランにとって当たり前と感じる光景や動作が、初めての方には驚きや感動として映ります。の純粋な驚きや視点を共有することは、初心者だけでなくベテランにも新たな発見や感動をもたらします。このように楽しさを共有することが指導の核だと考えています。
ただし、その楽しさを支えるのは絶対的な安全性です。特にプロコースの指導では、実際のダイビング現場でお客様を適切にコントロールし、安全かつ快適な体験を提供するためのスキルや判断力を磨くことに重点を置いています。プロとしての責任感やゲスト一人ひとりに寄り添う姿勢を育てることを心がけています。
ダイビングがライフワークとなると、特別な出会いや息を呑む景色に出会うことが増え、当たり前に感じがちになります。しかし、初めて海の中に触れるときの感動を何度でも思い出せるような、指導が本当に価値のあるものだと信じています。初心の気持ちを共有することで、ダイビングの本質的な魅力を伝えることができるからです。
Q. リゾートにあるダイビングショップとして短期滞在者にコースを実施する際、どのような工夫をされていますか?
講習をする際には、特に以下の2点を意識しています。
1つ目は時間のコントロールです。滞在日程が決まってしまっているため、ゆっくりしすぎると認定まで進むことができませんし、講習を急ぎすぎると、達成条件は満たしても実践的な習得ができていない可能性があります。お客様のペースに合わせつつ、こちらが時間のコントロールをすることが重要だと考えています。
2つ目は、内地に帰ってもダイビングを続ける方法を伝えることです。オープン・ウォーター・ダイバー・コース修了後、あまりダイビングをしなくなる方が多いため、次のステップであるアドバンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コースを勧めたり、お住まいの地域に信頼できるダイビングショップを紹介したりしています。また、日本全国に信頼できるPADIインストラクターがいるため、必要に応じてその方々に繋げることで、お客様が次の目標を見失わず、継続的にダイビングを楽しめるようサポートしています。
Q. 小笠原という地で働く中で、他の環境とは違った魅力やチャレンジは何ですか?
まず、魅力的な点としては、小笠原の自然環境です。小笠原諸島は世界遺産にも登録されており、その美しい海と独自の生態系は他のダイビングエリアとは一線を画しています。四季ごとに異なる海の魅力があり、春はザトウクジラが繁殖や子育てを終え、北に帰る時期で、更には群れを成す固有種のユウゼンやウミウシが見どころです。夏は青い海と回遊魚、ケータ列島への遠征が人気。秋は水温と透明度が高く、トビエイやアジ科の魚が活発に泳ぎます。冬は大型生物が見られ、特にシロワニやザトウクジラに出会えることがあります。このような場所でインストラクターとして働けることは、大きな誇りとやりがいを感じます。お客様は都会の喧騒を離れ、自然と一体になりたいという強い願望を持って訪れるため、深い感動を共有しやすく、その体験をサポートする仕事は非常に充実感があります。パパスでは、トレッキングやナイトツアーなどの海以外のアクティビティを提供していますので、お客様との時間をより深く過ごすことができ、さらに充実した経験をサポートできていると感じています。
一方で、働く中でのチャレンジは、いかにお客様に再度小笠原を訪れてもらうかということです。小笠原を訪れるには、1週間に1度の船しか交通手段がなく、とにかく遠いです。小笠原を秘境の地として訪れる方々は、多くの場合、一生に一度のつもりでいらっしゃると感じています。そのため、ダイビングサイトの魅力だけでなく、どのようにしたら私たちと一緒に潜りたい、さらには私たちと一緒に遊びたいと思っていただけるか常に考え、努力しています。その方達に、ダイビングで様々な景色を見てもらうことはもちろん、快適な滞在のためのサービス(機材を洗って乾燥させて郵送する等)や、併設の宿のスタッフとのコミュニケーションを取ることで、お客様のご希望に添えるように行動することを心がけています。
Q. 現在、コースディレクター(CD)を目指しているとのことですが、その目標を持つようになったきっかけを教えてください。
CDを目指している理由としては大きく二つあります。
1つ目は、小笠原には現在活動しているCDがおらず、島には多くのダイビングショップがありますが、CDが不在のためインストラクターの育成ができないのが現状です。しかし、小笠原を後世にも残せるようなダイブサイトにするためには、人材育成が不可欠だと感じており、島に常駐するCDの存在が重要だと考えています。内地からCDを呼んでインストラクター開発コース(IDC)を開催することは可能ですが、島に精通したCDであれば、安全面や講習において、環境に応じた適切な対応ができると信じています。
02つ目は、現社長である星野さんと、前社長の故森下さんから受けた影響です。パパスダイビングスタジオで彼らが築いてきた講習やプロフェッショナリズムの灯火を途絶えさせたくないという思いがあります。単なる憧れではなく、同じように引っ張っていく存在でありたいと強く思い、CDを目指すことを決意しました。
自分が関わったCDの方々は、プロとしての立場で多くの学びを与えてくれました。そのような方々に追いつけるよう、日々精進し続けたいと考えています。
Q. これからプロフェッショナルを目指す人や目指そうか悩んでいる人に向けて、エールをお願いします。
最初の一歩は皆誰しもが緊張するし、中々踏み出せないものです。成功しているように見える人たちもたくさんの苦労を抱えていたり、困難をくぐり抜けてきた人たちです。ほんの少しの勇気を持って、飛び込んできてください。たくさんの先輩方があなたの味方です。DM、AI、OWSIとステップアップするごとに、自分のできることの幅が広がっていき、気づけばダイビングが中心の生活となることでしょう。そしてぜひ、一緒に上を目指していきましょう。日本のダイビング産業がもっともっと発展するために、一緒にがんばりましょう。皆様と海で会えることを心待ちにしています。