石垣島と聞いて、「マンタ」を思い浮かべるダイバーは多いのではないでしょうか。石垣島は、世界的に見てもマンタと出会える可能性が高い場所の一つです。大きなマンタがゆったりと泳ぐ姿を求めて、国内外から多くのダイバーがこの海を訪れます。

一方で、多くの人が訪れる場所だからこそ考えなければならないのが、「観光と保全をどう両立するか」ということです。マンタを見に行くことは、マンタにとって負担になるのでしょうか。それとも、マンタを守る力にもなり得るのでしょうか。

今回は、Japan Mant Projectのリーダーとしてマンタの研究に携わるPADI AmbassaDiverの尾崎 里佳子さんと、石垣島の海を日々案内するダイビングスクールあつまるのPADIインストラクター 平尾 一也さん、それぞれの視点から、石垣島のマンタと観光、そして私たちダイバーにできることを考えます。


石垣島が「マンタの島」と呼ばれる理由

石垣島周辺には、サンゴ礁や潮の流れなど、マンタが生息するのに適した環境があります。なかでもマンタとの遭遇に大きく関係しているのが、「クリーニングステーション」の存在です。

クリーニングステーションとは、マンタが特定の根やサンゴ礁を訪れ、ホンソメワケベラなどの小さな魚に、体についた寄生虫や古い皮膚などを取り除いてもらう場所のこと。石垣島周辺にはマンタが定期的に訪れるクリーニングステーションがあり、比較的高い確率でマンタを観察することができます。また、冬から春にかけては、プランクトンを捕食するマンタを水面付近で観察できることもあります。

こうした環境から、O’Malley et al.(2013)の研究でも、八重山諸島は世界のマンタ観光における重要な場所の一つとして挙げられています。

しかし、クリーニングステーションは、私たちダイバーがマンタを見るためだけの「観察ポイント」ではありません。

マンタはそこで体をきれいにしてもらうだけでなく、休息したり、他のマンタと出会ったりします。求愛行動が見られることもあれば、怪我をしたマンタが傷口を掃除してもらうために訪れることもあります。

尾崎さんは、そんなクリーニングステーションを、人間にとっての「スパやカフェ、時には病院のような場所」に例えます。

さらに近年の研究では、マンタは利用できるクリーニングステーションであればどこでも同じように使うわけではなく、特定の場所を繰り返し利用し、その選択には他個体との社会的な関係も関わっている可能性が示されています(Perryman et al., 2019)。

そして、石垣島とマンタの関係を物語るもう一つの特徴が、長年にわたって続けられてきたマンタの記録です。

石垣島周辺では1970年代半ばから、マンタの腹部にある斑紋を利用したPhoto ID(写真個体識別)が行われてきました。マンタのお腹の模様は、人間の指紋のように一頭一頭異なるため、腹部の写真を記録することで、同じ個体を長期間にわたって識別・追跡することができます。

こうした記録の積み重ねは、マンタの寿命や成熟年齢、妊娠期間、出産間隔など、これまで分からなかった生活史を明らかにすることにも大きく貢献してきました。また、同じ海域を何十年にもわたって利用し続けている個体がいることも分かってきています。

つまり、私たちにとっては「マンタに会える場所」でも、マンタにとっては日々の暮らしの中で繰り返し利用する大切な場所なのです。


マンタ観光は、マンタにとって悪いものなのか?

人気のマンタポイントだからこそ、現場で起きていること

多くの人が特定のマンタポイントに集まるからこそ、現場ではさまざまな課題も生まれています。

石垣島で日々ダイバーを案内する平尾さんが挙げる課題の一つが、ダイバーや船が特定のポイントに集中することです。

水中では、「もっと近くで見たい」「写真や動画を撮りたい」という気持ちからマンタを追いかけたり、進路をふさいだり、クリーニングステーションの上を泳いだりすれば、マンタ本来の行動を妨げる可能性があります。また、中性浮力が十分に取れないままサンゴを蹴ったり、海底に着底したりすることで、マンタだけでなく周辺の海洋環境に負担を与えてしまうこともあります。

平尾さんが指摘する課題は、水中だけではありません。一つのポイントに多くの船が集中すれば、船同士の接触など安全上のリスクも高まります。ポイントへの入場待ちが長くなれば、船上で待つゲストの船酔いや熱中症、スタッフの長時間拘束などにつながることもあります。

マンタへの影響だけではなく、海洋環境やダイバーの安全、船の運航まで含めて考える必要がある。それが、日々マンタポイントを利用する現場から見えている課題です。


それでも、マンタに会いに行くことには意味がある

では、マンタ観光はマンタや海にとって負担になるだけなのでしょうか。この点については、尾崎さん、平尾さんともに、野生のマンタと実際に出会う体験には、保全につながるポジティブな側面があると考えています。

野生のマンタと実際に水中で出会い、その大きさや優雅な動き、時にはこちらを観察するような好奇心を目の前で感じる。その体験は、写真や映像を見るだけでは得られない強い印象を残します。

実際に出会うことが、「この生き物を守りたい」という気持ちや、マンタが暮らす海、その環境を守ることへの関心を持つきっかけになる。二人が共通して挙げる、ダイビング観光の大きな意味の一つです。

そのうえで、平尾さんは、日常的に海へ出るダイビング事業者だからこそ担える役割にも注目しています。ダイビング事業者は、日々海へ出る中で、マンタの出現状況や個体の特徴、海洋環境の変化などを継続的に観察することができます。そこで得られた情報を研究者や地域の事業者と共有し、蓄積していくことは、マンタの生態を知り、より良い保全のあり方を考えていくうえでも重要です。

一方、尾崎さんは、観光によって「野生のマンタがこの海で生きていることそのもの」に価値が生まれることにも意味があると考えています。マンタとの出会いを求めて多くの人が石垣島を訪れることで、マンタが地域にとって大切な存在として認識される。それによって、ダイバー、ダイビング事業者、研究者、地域の人々が「マンタを大切にする理由」を共有することが、長期的な保全を支える力にもなります。

つまり、ダイビング観光はマンタとの出会いを提供するだけでなく、日々の海の変化を見続け、その情報を研究や保全につなげていく機会にもなっています。マンタに会いに行くことが、マンタを知るきっかけになり、知ることが守る意識につながっていく。観光には、そんな保全への入口となる可能性があります。

マンタ調査チーム


観光と保全を両立するために、私たちができること

観光には保全につながる可能性がある一方、それは、ただマンタを見に行くだけで実現するものではありません。では、マンタとの出会いを楽しみながら、その生息環境を未来へ残していくために、私たちは何ができるのでしょうか。

尾崎さん、平尾さんそれぞれの視点から、ダイバーができること、そしてダイバーを受け入れる現場で行われていることを見ていきます。


1. 「撮る」だけではなく、マンタを観察する

尾崎さんがまずダイバーにやってみてほしいと話すのが、目の前のマンタを「観察する」ことです。

マンタに出会うと、どうしても近くで写真や動画を撮りたくなるもの。しかし、カメラだけに意識を向けるのではなく、そのマンタが何をしているのかをじっくり見てみると、違った楽しみ方が見えてきます。

このマンタはオス? メス?
お腹にはどんな模様がある?
怪我はしていない?
今、何をしている?
ほかのマンタとはどんなふうに関わっている?

研究者がマンタを見るときも、こうしたところを観察しています。

尾崎さんは、マンタについて知れば知るほど、「もっと近くで撮りたい」という気持ちよりも、「このマンタは今、何をしているんだろう?」という好奇心のほうが大きくなっていくといいます。

そして、その視点の変化は、マンタとの距離の取り方にもつながります。

マンタは好奇心が強く、マンタの方からダイバーへ近づいてきたり、吐き出す泡に興味を示したりすることもあります。尾崎さん自身、そうした場面を何度も見てきました。そして、印象的な出会いが起こるのは、むしろ人間側が静かにしているときが多いといいます。

追いかけるのではなく、待つ。
進路をふさがない。
触らない。
近づくかどうかを、マンタ自身に選んでもらう。

「近くで見る」ことよりも、「何をしているのかを見る」。そんな視点を持つことが、マンタの本来の行動を尊重した出会いにつながります。


2. 撮った写真を、マンタ研究につなげる

尾崎さんがもう一つダイバーに勧めているのが、撮影したマンタの写真を研究に役立てることです。

先ほど紹介したPhoto ID(写真個体識別)は、現在のマンタの個体群を継続的にモニタリングしていくうえでも重要です。

研究者だけで毎日海へ入り、すべてのマンタを観察することはできません。一方、石垣島では毎日多くのダイバーが海に入っています。それぞれが撮影した写真や目撃情報が集まれば、研究者だけでは得ることのできない膨大な情報になります。

そうした記録を積み重ねることで、どの個体がいつ、どこにいたのか、何年後にも同じ場所へ戻ってきているのか、怪我をした個体がその後どうなったのかなど、一頭一頭のマンタを長期的に追う手がかりになります。

Japan Manta Projectでは、LINEからマンタの目撃情報と写真を投稿できる仕組みを設けています。旅の思い出として撮った一枚を、研究にも役立てる。ダイバー一人ひとりが「市民科学者」としてマンタ研究に参加することも、観光を保全につなげる方法の一つです。


3. ダイビングスキルを磨くことも、海を守ることにつながる

マンタを守るためにできることは、マンタとの距離を意識することだけではありません。平尾さんがダイバーに意識してほしいと考えているのが、基本的なダイビングスキルです。

マンタに触れない、追いかけないといったルールを知っていても、水中で自分自身をコントロールできなければ、意図せず周囲の環境に負担をかけてしまうことがあります。

たとえば、中性浮力が十分に取れていなければ、サンゴをフィンで蹴ってしまったり、海底に着底してしまったりすることがあります。また、マンタが近づいてきたときに慌てて動けば、その進路をふさいでしまうかもしれません。

水中で落ち着いて呼吸し、自分の浮力や姿勢をコントロールする。周囲を確認しながら、ガイドの指示に合わせて行動する。こうした基本的なスキルを身につけておくことが、マンタの行動や周囲の環境を邪魔せずに観察することにつながります。

海を守りたいという気持ちを、水中で実際の行動に変えるためにも、ダイビングスキルは大切です。

two padi peak performance buoyancy divers practice hovering underwater in the ocean

4. 受け入れる側も、マンタとの出会いを守る

観光と保全の両立は、ダイバー一人ひとりの行動だけで実現できるものではありません。

石垣島では地域のダイビング事業者が協力し、マンタとダイバー双方の安全に配慮しながらポイントを利用するためのルールを設けています。

水中では、マンタに触れない、追いかけない、進路をふさがないことを基本に、クリーニングステーションへ近づきすぎず、決められた場所から観察します。

こうした水中でのルールに加え、船についても、一つのポイントへの集中を抑えるための利用手順や待機方法が設けられています。状況によっては別のマンタポイントを利用したり、混雑する時間帯を避けたりすることもあります。

ただし、平尾さんが重要だと考えているのは、ルールを設けることだけではありません。ルールを設けるだけでなく、事業者自身がルールの意味を理解し、それをダイバーへ伝え、実際の海でも適切に案内すること。

そして、その日の海況や参加者の経験によっては、マンタポイントへ「行かない」という判断をすることもあります。マンタに会うことだけを最優先にするのではなく、マンタが安心してその場所を利用でき、ダイバーも安全に楽しめる環境を維持する。

それも、マンタとの出会いを提供する側が担う大切な役割です。


マンタとの出会いを、守ることにつなげる

確かに、マンタ観光には、マンタやその生息環境へ負担を与える可能性があります。一方で、実際にマンタと出会うことが、その存在や海を知り、守りたいと思うきっかけにもなります。だからこそ大切なのは、マンタを「見に行くか、行かないか」という二択ではなく、どのようにマンタと出会うかなのかもしれません。

マンタの行動を知り、追いかけるのではなく観察する。自分のダイビングスキルを磨き、周囲の環境に負担をかけない。そして、撮影した写真や目撃情報を研究へつなげる。

同時に、受け入れる側もルールを共有し、海況や混雑状況、ダイバーの経験に応じて、その日の海に合った判断をする。研究者、地域の事業者、ダイバー、さらには行政。それぞれが違う立場からできることを積み重ねていくことで、観光はマンタを守る力にもなり得ます。

そして、これから海の世界を見てみたいと思った方は、まずはPADIオープン・ウォーター・ダイバー・コースから。ダイビングの基本的な知識とスキルを身につけることで、水中世界を自分の目で見に行くことができます。

すでにダイバーの方は、さらにスキルを磨くことも、海への負担を減らすことにつながります。たとえば、PADIピーク・パフォーマンス・ボイヤンシー(中性浮力)・スペシャルティでは、浮力や姿勢をより細かくコントロールするスキルを身につけます。サンゴや海底への接触を避けながら、マンタをはじめとする海洋生物を落ち着いて観察するためにも役立ちます。

マンタに会う。マンタを知る。そして、その出会いを守ることにつなげる。

10年後、20年後も、石垣島で野生のマンタと出会える海であるために。マンタとの出会いをきっかけに海を知り、学び、できることから行動していく。その一つひとつが、未来の海につながっていきます。


この記事にご協力いただいた方

尾崎 里佳子さん Japan Manta Project Leader/PADI AmbassaDiver

マンタの研究に携わり、石垣島周辺でのPhoto ID(写真個体識別)をはじめとした調査・研究活動を行う。本記事では、長年の研究から見えてきたマンタの生態やクリーニングステーションの重要性、ダイバーが研究や保全に参加する方法についてお話しいただきました。

平尾 一也さん ダイビングスクールあつまる/PADIインストラクター

石垣島を拠点に、日々ダイバーを海へ案内するPADIインストラクター。本記事では、マンタポイントで実際に起きている課題や現地での取り組み、マンタとダイバー双方に配慮したダイビングについて、現場の視点からお話しいただきました。


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