多くの講習生にとって、PADIオープン・ウォーター・ダイバー・コースは、“初めて”の連続です。初めて水中で呼吸した瞬間。初めて中性浮力がうまく取れた瞬間。初めて海の深くへ潜降した瞬間。色鮮やかなサンゴ礁を目にしたり、初めてみる生き物と対面したりする人もいるかもしれません。
そんな数々の“初めて”の中でも、多くの講習生が不安を感じやすいスキルがあります。それが、水中でのマスク脱着です。
海洋生態学者として、私はこれまで数えきれないほど長い時間を水中で過ごし、サンゴ礁に暮らす魚たちの興味深い社会行動を観察してきました。その中で実感したのは、「良いダイビング」は何を見るかだけではなく、自分のスキルにどれだけ自信を持てるか、そして水中でどれだけ快適に過ごせるかによって大きく変わる、ということです。
もし、ダイビング中にマスクを外すことを想像しただけでドキドキしてしまうなら、まずは深呼吸してみてください。そう感じるのは、決してあなた一人ではありません。そして何より、マスク脱着は必ず克服できます。
なぜこのスキルを練習するの?
どれだけしっかり計画したダイビングでも、時には思い通りにいかないことがあります。例えば、バディのフィンキックが顔に当たり、マスクがずれてしまうこともあるかもしれません。あるいは、何度曇り止めをしても曇ってしまう“困ったマスク”に悩まされることもあります。そんな時でも、マスク脱着とクリアのスキルをしっかり身につけていれば、落ち着いて対処できるちょっとした調整に変えることができます。
「もしマスクにトラブルが起きても、自分なら大丈夫」と思えることは、水中での大きな安心感につながります。不安が減ることで、バディや周囲の海の生き物に意識を向けられるようになり、水中でよりリラックスしてダイビングそのものを楽しめるようになるのです。
ここからは、このスキルを自信を持って身につけるためのポイントをご紹介します。

Step 1:とにかく「呼吸を止めない」
マスク脱着で多くの人が不安を感じる理由のひとつが、「鼻のまわりに水が入ってくる感覚」です。この感覚に驚いて、思わず息を止めてしまう人も少なくありません。でも、一番大切なのは、落ち着いて呼吸を続けること。つまり、“泡を止めない”ことです。
マスクを外す前に、まずはレギュレーターでゆっくりと安定した呼吸を整えましょう。そして、スキル中もその呼吸のリズムをそのまま続けることを意識してください。「呼吸できている」という感覚は、水中での安心感につながります。
Step 2:マスクを外すときは、ゆっくり落ち着いて
インストラクターからマスク脱着の合図が出ても、慌てる必要はありません。焦らず、ゆっくり行うことが大切です。
- まずは、マスク上部のシールを軽く浮かせて、マスク内に完全に水を入れましょう。こうすることで、顔に水が触れる感覚や温度変化に少しずつ慣れることができ、マスクを完全に外す前の準備になります。
- 準備ができたら、片手でマスク本体をしっかり持ち、もう片方の手でストラップを頭の後ろから外します。マスクを顔から離すときも、絶対に手を離さないようにしましょう。おすすめなのは、親指をノーズポケット部分に引っかけて持つ方法。こうすると、水中でもマスクの向きが分からなくなりにくく、再装着がスムーズになります。
- もし余裕があれば、目を開けてみるのもおすすめです。ぼんやりでも周囲が見えることで、自分の向きや位置感覚を保ちやすくなり、不安を和らげる助けになります。ただし、塩水や塩素で目がしみやすい人や、コンタクトレンズを着用している場合は、無理せず目を閉じたままで問題ありません。

Step 3:恐怖ではなく、“できている”に意識を向ける
マスクを外したら、まずは少しだけその状態のままでいてみましょう。大丈夫。あなたはちゃんと水中で呼吸できています。数秒間、マスクなしで落ち着いて過ごしてみることで、あることに気づき始めます。それは、マスクは「呼吸をするための器材」ではなく、「水中を見るための器材」だということです。その事実を体感できた瞬間、多くのダイバーは一気に自信がつきます。この「自分は大丈夫なんだ」という感覚こそが、水中での安心感や余裕につながっていくのです。
Step 4:マスクを戻したら、しっかり密着&クリア
マスクを戻す準備ができたら、
- まずはマスクの上下が正しい向きか確認しましょう。親指をノーズポケットに引っかけたまま持っていれば、水中でも向きを迷いにくくなります。
- 次に、ストラップをマスク前面側へ回しておき、マスクを顔に当てます。このとき大切なのが、“しっかり密着しているか”の確認です。髪の毛が少しでもマスクスカート部分に挟まっていると、水が入りやすくなったり、違和感の原因になったりします。フードを着用している場合は、マスクスカートが、きちんと肌に当たっているかもチェックしましょう。
- マスクの位置が決まったら、ストラップを頭の後ろへ回します。ストラップがねじれていないかも忘れず確認してください。最後に、マスク内の水をクリアします。マスク上部を額に軽く押し当て、少し上を向きながら、鼻からゆっくり長く息を吐きましょう。すると、マスク下部から水が押し出され、マスク内がクリアになります。
Step 5:講習生から“本当のダイバー”へ
マスク脱着スキルは、多くのダイバーにとって、「水中で本当に落ち着けるようになる」ための最後の壁とも言えるスキルです。視界が一時的になくなっても、自分はちゃんと呼吸できていて、安全に行動できる。その実感は、ダイバーとしての大きな自信につながります。そして、その“自信”こそが、安心して新しい海へ冒険しに行くための力になります。ダイバーが落ち着いていると、中性浮力が安定しやすくなる、空気の消費が減る、周囲を見る余裕が生まれるなど、ダイビング全体の質も大きく変わっていきます。

マスク脱着のようなスキルにドキドキするのは、とても自然なことです。実際、多くのダイバーが最初は同じように不安を感じています。でも、講習は「できない人を試す場」ではなく、ひとつずつ慣れていくための時間です。呼吸の仕方、水中で落ち着く感覚、器材の使い方など、インストラクターと一緒に、少しずつ身につけていけるので大丈夫です。
そして、不安を乗り越えた先には、日常では味わえない特別な体験が待っています。最初から完璧にできる人はいません。だからこそ、安心して一歩ずつ進んでいきましょう。
