水中洞窟、沈没船、水没鉱山——日本の水の下に残る「まだ誰も見ていない場所」を探検し、記録し続けている人物がいます。水中探検家でテクニカルダイビングインストラクターの、伊左治佳孝さん。

その現場は、南大東島の地下に広がる水没洞窟から、戦争の時代に沈んだ船、カルスト台地の地下水系まで、日本中に及びます。近年は、新種の甲殻類の発見や、国際チームの一員としてラオスの洞窟レスキューへの参加などがあり、その活動はTBS「情熱大陸」でも紹介されました。

そんな伊左治さんによる連載が、今回から始まります。初回は、ご本人による自己紹介です。


ライトを消すと、完全な闇になる。

南大東島、地下の水路。人工の光がここまで届いたのは、このときが初めてだった。聞こえるのは自分の呼吸音だけ。レギュレーターを通して吸い、吐く——この呼吸の仕方だけは、初めての講習でプールに沈んだ日から、何ひとつ変わっていない。

変わったのは、その呼吸で行ける場所のほう。


はじめまして。水中探検家の伊左治佳孝です。

私が潜るのは、水中洞窟、沈没船、水没鉱山、地下水系——まだ記録されていない水の中。

誰も見たことのない場所へ行き、そこで見たものを記録し、必要とする人のもとへ持ち帰る。潜水を手段として、そんな活動をしています。

一枚目のカードは、PADIのジュニア・オープン・ウォーターでした。12歳、両親に連れられて取ったものです。以来25年、水の中にいます。あのとき入口をくぐる側だった私は、いまはPADIのインストラクターとして、入口を開ける側にも立つようになりました。

探検を支える潜水技術そのものは、実は特別なものではありません。世界中で標準化された教育を、一段ずつ登っていけば届くところにある。技術は、行ける場所を広げてくれます。

※講習の風景

この5年で、閉鎖環境——水中洞窟や沈没船の内部のように、まっすぐ水面へ浮上できない環境——への潜水は500回を超えました。

2025年、南大東島。閉ざされた水路の奥で、ライトの光の中を、体長数ミリの透きとおった生き物が横切りました。目がありません。地球上の誰も、まだ見たことのない生き物でした。慎重に採取して持ち帰ったその個体は、のちに新種として発表され、イサジカンゲキヨコエビという名前がつきました。

こういうことは、遠い海外の秘境で起きているのではありません。この日本の水の中、みなさんがいつも潜っている海の、すぐ隣の世界で、いまも起きています。

日本の水の下は、まだ探検の途中なのです。


この連載で書くこと

三つの種類の記事を書いていきます。

ひとつめは、探検の現場と、そこに立つために必須の条件となるダイビングライセンスをつなぐ話。私が潜ってきた場所を紹介しながら、その環境に向かうために最低限求められる認定と教育を、あわせて書きます。

ふたつめは、各地のテクニカルダイビングの現場を訪ねる話。その海を知り尽くしたショップとテクニカルダイビングインストラクターの方々を、映像と一緒に紹介します。

みっつめは、探検そのものの話。新種の発見や国際的な救助活動など、読者のみなさんがそこへ行けることを前提としない、水の下の世界の記録です。

先にひとつだけ、正直に書いておきます。コースを取れば、その場所へ行けるようになる——そういう話は、この連載には出てきません。それでも、その環境が何を求めているのかを知ること、講習とその環境がどう繋がっているのかは、自分が次にどこまで進むかを決めるときの、確かな材料になるはずです。

※水中での実践トレーニング

日本の水の下には、まだ名前のない場所が残っています。

そこへ続く扉は、特別な場所にあるわけではありません。あなたが最初の講習で開けた、あの扉と同じものです。

その扉の奥の世界で、いつかお会いできるのを楽しみにしています。

それでは最初のお話は、南大東島の水中洞窟——新種が眠っていた水中鍾乳洞の話から。


保有資格(PADI

・マスター・スクーバ・ダイバー・トレーナー

・IDCスタッフ・インストラクター

・テック・トライミックス・インストラクター

・テックサイドマウント・インストラクター

・テクニカルレック・インストラクター

・テック・ガスブレンダー・インストラクター

その他、スペシャルティ・インストラクター資格多数。


伊左治佳孝(いさじ・よしたか)|水中探検家・テクニカルダイビングインストラクター

水中洞窟や沈没船など、到達することが難しい環境の探検・調査・記録を専門とする。

DIVE Explorers、JKUEP(Japan Karst & Underwater Exploration Project)主宰。2025年、南大東島の水中洞窟で発見・採取した甲殻類が2026年には新種イサジカンゲキヨコエビ(Bogidiella isajii)として発表される。ADEX Blue Legacy Awards 2026「Explorer of the Year [Asia]」受賞。TBS「情熱大陸」、NHK「NHKスペシャル」ほか出演。

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