海を守るために、私たちにできることは何でしょうか。

例えば、海岸や水中のごみを拾うこと。海の環境について知り、伝えること。

しかし、海を守るためには、海岸線よりもずっと手前から行動を始める必要があると考える人たちもいます。

PADI AmbassaDiver™であり、PADI Open Water Scuba Instructorでもある白井ゆみさんにとって、海洋保全の活動は「山」から始まります。

伊豆半島を拠点に活動するNPO法人MORE企画の代表理事を務める白井さんは、「山、川、海、そして地域社会は、すべてつながっている」というシンプルでありながら大切な考えのもと、環境保全活動を展開してきました。

たとえば、山の中に捨てられたひとつのごみ。それが雨や川によって運ばれ、やがて海へと流れ着けば、海洋ごみになる可能性があります。海で目にする環境問題も、その原因をたどっていくと、海から離れた場所で始まっていることがあるのです。

白井さんは、地域でのクリーンアップ活動や環境教育、「MORE SCHOOL」などを通じて、こうした環境のつながりを多くの人に伝えています。

ダイバーに伝えているのも、水中のごみを安全に回収する方法だけではありません。

「なぜ、そのごみは海にあるのか」
「海を守るために、私たちはどこから行動できるのか」

海の中だけを見るのではなく、山や川、そして私たちの日々の暮らしまで視野を広げることで、海洋保全について考えるきっかけをつくっています。

こうした長年にわたる活動と地域への貢献が評価され、白井さんはPADI Ocean Torchbearer Awardを受賞しました。

PADI Ocean Torchbearer Awardは、海や地域社会のより良い未来に向けて行動し、周囲を巻き込みながら変化を生み出しているPADIプロフェッショナルを称える賞です。

この賞は、PADIが掲げる「Pillars of Change(変化のための柱)」である「海洋保全(Ocean Conservation)」「ダイビング業界の持続可能性(Dive Industry Sustainability)」「人と人類(People & Humanity)」の各分野において、地域に根ざした活動を通じて優れたリーダーシップとインパクトを生み出しているPADIプロフェッショナルが選ばれます。

海の中だけに目を向けるのではなく、山や川、地域社会とのつながりを捉え、クリーンアップから環境教育、次世代への活動の継承まで取り組む白井さん。その活動は、地域での行動をより大きな変化へとつなげていく「Ocean Torchbearer」の精神を体現しています。

Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai on a mountainside doing a cleanup among piles of debris
Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai standing on a dock in full dive gear

高校生のとき、シドニーで初めてダイビングを経験したそうですね。水中世界のどんなところに惹かれ、その経験が現在の環境保全活動につながっていったのでしょうか?

初めてダイビングをしたのは、高校生のときに過ごしていたオーストラリア・シドニーでした。多くの人がそうであるように、私も水中世界の美しさや、そこに暮らすさまざまな海の生き物たちに感動しました。でも、それ以上に心に残ったのが、海は本来、私たち人間が暮らす場所ではないということでした。 スクーバ・ダイビングをすることで、私たちは普段は入ることのできない世界を訪れることができます。そのことに気づいてから、海に対する見方が変わりました。私たちは海の「住人」ではなく、そこを訪れさせてもらっている「ゲスト」なのだと思うようになったんです。

誰かの家を訪れたときに、ごみを置いて帰ったり、物を壊したり、勝手に何かを持ち帰ったりはしませんよね。海の中でも、それは同じだと思っています。私にとって海を守ることは、何か特別な活動ではありません。私たちを受け入れてくれる水中世界への感謝と敬意を示す、ごく自然な行動なんです。

その想いはやがて、自然環境のさまざまなつながりに目を向ける「MORE企画」の活動へとつながっていきました。

MOREは、Mountain(山)、Ocean(海)、River(川)、Earth(大地)の頭文字から名付けられています。これらの環境をひとつにつながったものとして捉えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。また、「海を守ることは山から始まる」と考えるのはなぜですか?

きっかけは、ごみを通して、山や川、海が密接につながっていることを実際に目の当たりにしたことでした。 特に印象に残っているのが、海底でわさび栽培に使われていた道具を見つけたことです。もともとは山の中で使われていたものが、川を下り、最終的に海まで流れ着いていました。そのとき、自然には、私たち人間が決めたような境界線はないのだと気づきました。山に降った水は川へ流れ、やがて海へとたどり着きます。ひとつの場所で起きたことは、そこだけで終わるのではなく、その先の環境にもつながっていくんです。

その後、クリーンアップ活動を続ける中で、山には驚くほどさまざまなものが不法投棄されていることも知りました。自転車やパソコン、炊飯器、電線の被覆、衣類、さらには放置された車まであります。

海洋ごみというと、海岸や海の中で発生するものをイメージする人も多いかもしれません。でも実際には、海を脅かすごみの多くが、海から離れた内陸部から流れてくる可能性があります。山や街に捨てられたごみが、雨や川によって少しずつ下流へ運ばれ、やがて海へとたどり着くからです。

こうした気づきが、MORE企画の活動の原点になりました。「MORE」という名前には、環境保全をひとつの場所だけで考えない、という想いがあります。海を守りたいのであれば、そこにつながる川や山にも目を向けなければなりません。海を守る活動は、海岸線から始海まるわけではない。ビーチやサンゴ礁だけに目を向けていては、ごみが山から川を通り、すでに海までたどり着いた後に対処することになります。だからこそ、そのもっと手前から環境を考え、行動していくことが大切だと考えています。

白井さんにとって、こうした自然のつながりを知ることは、もうひとつの問いにもつながります。実際に海の中を見てきたダイバーには、海を守るために何ができるのかということです。

Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai with another diver standing in front of the ocean holding a Project AWARE flag

「ダイバーにしかできないこと、ダイバーだからこそやらなければならないことを、ダイバーの皆さんと一緒に考え、伝えていきたい」とおっしゃっています。白井さんは、ダイバーにはどのような役割があると考えていますか?

ダイビングは何よりもまず、楽しさや冒険、新しい発見を与えてくれるレクリエーションです。一方でダイバーは、多くの人が実際に目にすることのできない水中世界に入り、自分の目で見ることのできる数少ない存在でもあります。だからこそ、ダイバーには、水中で見たものを伝える「語り手」であり、「目撃者」としての役割があると思っています。色鮮やかなサンゴ礁や魅力的な海の生き物、歴史ある沈船など、海の素晴らしさを伝えることができます。その一方で、放置された漁具や海洋ごみ、傷ついた生態系、人間の活動が水中環境に与えている影響を目にすることもあります。そうした現実を目にしながら何も伝えなければ、海で起きていることの大切な一面が知られないままになってしまいます。

すべてのダイバーが海洋ごみを回収しなければならないとは思っていません。ただ、海を傷つけることなくダイビングを楽しむことは、すべてのダイバーが大切にすべきことだと思います。私たちが訪れさせてもらっている海を守る。その第一歩は、海への敬意を持つことから始まります。

MORE SCHOOLでは、環境についての知識だけでなく、安全にクリーンアップを行うための実践的なスキルも伝えています。この取り組みを始めたきっかけを教えてください。

MORE SCHOOLを始めるきっかけになったのは、とてもうれしい変化でした。海洋ごみや環境問題に対して、「自分も何かしたい」と考えるダイバーが少しずつ増えてきたんです。ただ、水中のごみを回収するには、「海をきれいにしたい」という気持ちだけでは十分ではありません。正しい知識やトレーニング、そして何より安全を最優先する意識が必要です。どんなごみであっても、自分やバディの安全を危険にさらしてまで回収する必要はありません。

だからこそ、海のために何かしたいと思った人が、安全に、そして責任を持って行動するための方法を学べる場所をつくりたいと考えました。MORE SCHOOLでは、環境についての知識とともに、水中クリーンアップを安全かつ効果的に行うための実践的なスキルを伝えています。また、「海を守りたい」という気持ちをきっかけに、ダイビングに興味を持つ人にとっての新しい入口にもなればと思っています。環境保全とダイビング教育を組み合わせることで、海を守る活動を広げるだけでなく、これからのダイビング業界にも新しい可能性をつくっていけると考えています。

環境について学び、正しい知識やスキルを身につけることは大切です。一方で白井さんは、継続的な環境保全につなげていくためには、地域全体を巻き込み、一人ひとりが参加したいと思えるきっかけをつくることも欠かせないと考えています。

Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai with a large group of MORE school volunteers and divers posing on a dock with huge piles of underwater debris they've collected

地域でのクリーンアップや環境教育、展示、講演、地域団体との連携など、幅広い活動を行っています。それぞれの活動は、継続的な環境保全にどのようにつながっているのでしょうか?

私たちの活動の根底には、ひとつのシンプルな想いがあります。それは、私たち自身が活動を続けられなくなったときに、環境保全の取り組みまで終わってしまってはいけないということです。海洋ごみは、一晩で生まれた問題ではありません。そして、一晩ですべてなくせるものでもありません。この問題に向き合っていくためには、世代を超えて取り組みを続けていく必要があります。だからこそ、私たちの後に続く人たちへ、しっかりとバトンを渡していくことが大切だと考えています。

クリーンアップ活動をすれば、実際にどのような問題が起きているのかを知ることができます。環境教育を通じて、その問題がなぜ重要なのかを理解することができます。展示や講演では、これまで環境問題に触れる機会がなかった人たちにも伝えることができ、地域の団体などと連携することで、活動を将来にわたって続けていくための仕組みをつくることができます。私たちの目的は、単にごみを回収することではありません。

海のことを自分ごととして考え、「自分も何かしたい」と行動する人を増やしていくこと。それが、私たちが目指していることです。

NPO法人を立ち上げ、活動を続けていくには大きなエネルギーが必要だと思います。MORE企画を設立してから、特に「やってきてよかった」と感じた出来事を教えてください。

特に大きな達成感を感じたことのひとつが、2024年にスタートした「伊豆半島の海ゴミ一掃プロジェクト」です。

これまでに伊豆半島の13カ所の港やマリーナでクリーンアップを実施し、500人を超えるボランティアの皆さんに参加していただきました。1回の活動で海底から回収されるごみの量は、500kgから、多いときには3トンにもなります。でも、私が本当にうれしいのは、回収したごみの量そのものではありません。参加者の皆さんは一日かけて、重くて、汚れていて、においもあるごみを海から引き上げます。それでも活動を終えるころには笑顔で、「楽しかった。また参加します」と言ってくれるんです。

海の中にどれだけのごみが沈んでいるのかを知らなくても、日常生活を送ることはできます。それでも、何百人もの人たちが自分の時間を使って、「海のために何かしたい」と参加してくれる。その姿を見るたびに、これからにつながる希望を感じています。

Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai on a mountainside doing a cleanup among piles of debris
Ambassadiver & Ocean Torchbearer Award winner Yumi Shirai on a dock among piles of marine debris

これから先、MORE企画やMORE SCHOOLをどのように発展させていきたいですか。また、より持続可能な未来をつくるために、ダイバーにはどのような役割があると考えていますか?

私が目指しているのは、環境だけでなく、活動する人にとっても持続可能な仕組みをつくることです。MORE企画も、これから先何年、何十年と活動を続けていくためには、経済的にも自立し、継続できる組織になっていく必要があります。今後10年のうちに、「伊豆半島の海ゴミ一掃プロジェクト」を通じて、伊豆半島にあるすべての港やマリーナでクリーンアップを実施すること。そして、そこで培った取り組みを、伊豆半島だけでなく日本各地へ広げていくことが目標です。

ただ、活動の成果は、回収したごみの量だけで測れるものではありません。一度きれいにしても、また新たなごみが流れ込んでくる可能性があります。だからこそ、ごみを回収することと同じくらい、環境について知ることや、地域の人たちが一緒に関わっていくことが大切だと考えています。人は、自分とのつながりを感じる場所を大切にしようとします。そしてダイバーは、水中で実際に見たことを伝えることで、海と人とのつながりを生み出せる存在です。美しい海の姿も、そこで起きている問題も伝えながら、「自分にもできることがある」と、より多くの人が行動に参加するきっかけをつくることができます。

私にとって本当の意味での成功とは、ただ海からごみが減ることだけではありません。海を大切にし、守るために行動することが当たり前になり、その想いと活動が次の世代、そのまた次の世代へと受け継がれていくこと。そんな文化を、これからも育てていきたいと思っています。


MORE企画やMORE SCHOOLでの活動を通じて、白井さんが伝えているのは、海を守るための行動は、海の中だけで始まるものではないということです。山や川、海、そして私たちの日々の暮らしまで、自然はすべてつながっています。

そして、水中世界を訪れる私たちは、そこに暮らす「住人」ではなく、訪れさせてもらっている「ゲスト」。だからこそ、その場所に敬意を持ち、自分にできることを考え、行動していくことが大切です。

海で見たものを伝え、人と海とのつながりをつくり、その想いを次の世代へつないでいく。白井さんの活動は、まさにPADI Ocean Torchbearer™として、ダイバー一人ひとりが海を大切にし、守り続けていくためのきっかけを生み出しています。

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